見どころ


木喰仏(もくじきぶつ)=富岡市指定文化財

 この仏像は木喰明満(みょうまん)の作である。
 明満仙人、五行上人ともいう。享保3年(1718)に今の山梨県に生まれ、伊藤六兵衛といい14歳で江戸に出ていろいろの職業についた。
 22歳の時、真言宗の高僧の弟子となり仏門に入った。その後45歳の時茨城県の観海上人から木喰戒を受けた。木喰戒とは、火を使って調理したものや、肉、魚は食べず、木の実や草の実などを常食するという、厳しい戒律を受けることである。
 安永2年(1772)56歳の時、千体の仏像彫刻の大願をたて、北海道から佐渡、南は九州まで、37年間かかって全国をまわり、文化6年(1810)93歳で亡くなるまで仏像を刻み続けた。
 群馬県には5回巡行しており、安永2年には高崎~妙義山~貫前神社に詣っているのでその折の作か、享和2年、子持村双林寺の聖観音を刻んだ折の作と思われる。上人85歳(1802)のころの作であろうと言われている。
 木喰上人は、仏像の他に、日記帳、軸物、神社の額、歌集なども残している。
 正面はノミで丸みを帯びた仕上げ、背面は平ら、側面の縁は丸みをつけた木喰独特の一木彫りで、岩座に倚座した姿勢で両足は膝から下を露出しています。光背は木喰仏独特の円光背、背面は中心部、周囲に五字の梵字のほか多くの墨書のあとがあるが、何れも判読困難である。また頭、顔からその下にかけて雨漏りで腐蝕していて尊名不詳であるが、像形から役行者のようである。


ハクタク  病魔退散の霊獣


 永隣寺本堂の天井画に描かれた疫病退散の霊獣『ハクタク』、クタベともいう。白い牛のような体、髭をはやした人の顔に目が3つ、頭に2本の角を持ち、体にも4本の角と体の左右に3つずつの目がある。その姿を見たものは疫病などの病魔から逃れることができるという伝説の霊獣である。

 新型コロナウイルス感染症が流行し、『アマビエ』というかわいい妖怪に人気が出たが、こちらも人気が出てほしいものである。

 江戸時代末~明治の初めの頃、西洋からコレラなどそれまで日本になかった疫病が日本にも入ってきた。ちょうどその頃再建された永隣寺本堂の天井に、命を奪う恐い疫病にかからないようにとの願いを込めて描かれたものと思われる。


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